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『レ・ミゼラブル』に13年間出演の村井國夫が飽きない理由

 映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、ミュージカル『レ・ミゼラブル』で、主人公を執拗に追う警部を演じた村井國夫が語った言葉を紹介する。

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 村井國夫は一九八九年から、ブロードウェイのジョン・ケアード演出のミュージカル『レ・ミゼラブル』に出演、主人公のジャン・バルジャンを執拗に追うジャベール警部を演じた。

「細川俊之さんにこのオーディションを教えていただき、歌の先生もご紹介してもらいました。朝に先生のところへ行って、昼に仕事して、夜また先生のところへという生活を続けました。

 いろいろあって初演はやらずに三年目から出ました。初演では鹿賀丈史さんと滝田栄くんの二人がジャン・バルジャンとジャベールの両方を交代でやっていたのですが、二人が主人公一本でということになり、ジャベール役が必要になりまして。それで僕がもう一回オーディションを受けると言ったらジョン・ケアードが『それなら村井でいい』と言ってくれて。最初のオーディションの時からジョンとは気が合っていたんです。

 ジョンはリアリティを大事にする演出家で、たとえば僕を真ん中に立たせ、共演者に囲ませて全員に質問をさせるんです。その役の生まれ、兄弟、恋愛観、セックス観、どんな病気をして、今は誰と一緒にいるのか。いい加減でもなんでも答えないといけない。

 それを一人ずつ全ての役者に徹底的にやらせる。そうすると、答えているうちに自分の中で役のイメージが出てきます。多くのミュージカルでサイドストーリーをそこまで考えさせることはないのですが、そこまでやらないとリアリティはなかなか出てこないと思います」

『レ・ミゼラブル』には十三年にわたって出演し続けた。

「ジョンとしては、ジャベールは生肉を食っているようなイメージでしたから、初演の時にジャベールもやっていた滝田くんの方が合ってはいるんですよ。

 ですから、ちょっと違うスタンスで行きました。牢獄の囚人の子供として生まれて、法が絶対だと子供の頃から叩きこまれて大人になったという情に欠ける人間が、ジャン・バルジャンに出会い彼の情によって助けられる。そこで彼のアイデンティティは全て崩れてしまうんです。

 劇中『星よ』という歌があります。星は常に動かないけれど、地上を見ている。ジャベールもそのように法で人間を見てきたけれど、ジャン・バルジャンに人の心を説き伏せられ、全てが崩れ落ちて何がなんだか分からなくなる。

 そういう、人間の情に生きるジャン・バルジャン、法に生きるジャベール、それに庶民の生活に生きるテナルディエという三人のトライアングルであの芝居はできていると思い、『法を信じる男』としてジャベールを演じようとしました。ジョンも役者のアイディアを大事にしてくれる演出家でした。

 八百回ぐらい公演をやりましたが、飽きたと思ったことは一度もありません。一回一回に緊張感がありますから。いつも観客が違う、季節も違う、風も匂いも違う。それに相手役の出方も違うんですよ。そして、僕が最初に出した第一声の音も違うことがある。同じ声が毎日出るわけではないですから。その日の調子で作っていく。だから、飽きないんです」

●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館)が発売中。

◆撮影/五十嵐美弥

※週刊ポスト2017年9月8日号