日本だけでなく、多くの国で社会問題となっている認知症。介護をすることやされることを考えると、明日は我が身だと思う人も多いだろう。ともすれば重くなってしまうテーマに真正面から向き合い、悲劇でありながら時に笑いも起きてしまう斬新な作品『Le Père 父』が誕生した。
2012年にフランス・パリのエベルト劇場で初演、その後、英国・シアター・ロイヤル・バース、米国・ブロードウェイなどで上演された『Le Père 父』。2019年2月2日(土)から東京芸術劇場シアターイーストで、待望の日本初演が開幕する。主人公のアンドレを橋爪功さん、娘アンヌを若村麻由美さんが演じる。
今回フランスでの『Le Père 父』の演出を手掛けたラディスラス・ショラー氏にお話を伺うことができた。日本で初めて舞台演出に携わる氏が、総勢6名の出演者をどのように率いているのか、たっぷり語っていただいた。
――今回初めて日本で演出されるとお聞きしました。日本の印象はいかがですか?
とてもくつろいで仕事ができているので、いい印象を持っています。本当にびっくりしているのですが、演劇という共通項があると、他の国に来てもすぐにコネクションが持てるんですね。まるでフランスで演出をしているかのようです。
プライベートなことでいえばお正月休みがあったので、京都、大阪、奈良へ行きました。ちょうど家族も日本に来ていたので一緒に家族旅行ができました。本当は広島へも行きたかったんですけどね。
家族も日本滞在をすごく喜んでいました。フランス人にとって日本はいろいろな違いを発見する国です。でもなぜか分からないけれど、こんなに違うのにとてもリラックスできているんです。
――この作品の主役アンドレを演じる橋爪功さんとアンヌを演じる若村麻由美さんは、日本を代表する優れた俳優です。お二人の印象をお聞かせください。
お二人はとても違うタイプの俳優さんです。まず仕事のやり方が違います。でも二人のいわゆる人の心を動かす力には常に驚かされ感動しています。
橋爪さんに関して言えば、すごく切り替えが早い方です。面白いライトなことを演じていたかと思えば、強烈で感動的な演技にすぐに変えることができる。ヅメさんは恐らく外国人の演出家にも慣れていらっしゃるのか、こちらが言うことにどんどん流動的に対応をしていく能力が素晴らしいと思います。
麻由美さんはそれとはまた違ったアプローチをされる方ですが、とにかくこの仕事のやり方に慣れよう、合わせようという努力が素晴らしいし感銘を受けています。
それでは私の仕事のメソッドはどういうものかというと、わりと最初にたくさん説明をするタイプなんです。自分のやりたいこと、自分の頭の中で考えていることを正確に伝えたいので、初期の段階でいっぱい情報を俳優さんに伝えます。
日本人俳優さんを見ていて驚かされるのは、その情報を頭の中にMAXの状態でインプットするところです。もともと外国語の作品ですから日本語に翻訳しているわけですけれど、生き生きとした具体的な演技を各人がきちんとできている。これはすごくいい俳優さんの条件だと私は思うのですが、そういうことができているということに驚いています。
私は演出家として、相手が違えば違う話し方をするようにしていますが、日本の役者さんたちが勤勉に仕事をするところや、より良くしようと努力するところに感銘を受けています。
――先ほど「ヅメさん」とおっしゃいましたが……?
橋爪さんのことを、他の方々と同様に日頃は「ヅメさん」と呼んでいます(笑)。橋爪さんがそう呼んでくださいとおっしゃいました。私たちのいい関係性を示している呼び方だと思います。
――今回の作品のテーマはいろいろな国で問題になっているテーマです。ただ国によってとらえ方が違う題材なのではないかと思います。日本で演出されるにあたり、初演との違いを感じますか?
率直に言って多くのことが共通しているし、似ていると思います。まず装置は初演と同じものを使っています。
今回私としては再演するにあたって、フランスの初演の映像をわざわざ見なおしたりはしませんでした。どこが似ているか、どこが似ていないかということはそんなに意識していないし、重要な問題ではないと思っています。
でも一つ言えることは、これはパリが舞台という設定なので、日本の方々にもフランス人の役を演じてもらっているわけなんです。この仕事に関していえば、日本人の俳優さんがフランス風にフランス人を演じているという意味で、初演と今回のバージョンの共通点は多々あります。
ただ違いがあるとすれば、初演から6年たっていますので、時が流れたということと、他の国に来て他の国の俳優さんと仕事をしていますので、そういったところで生じる違いということだと思います。
――総勢6名の少数の出演者ですけれども、稽古をして作品を作り上げていく中で何を感じていらっしゃいますか?
正直に言うと、私は日本の俳優さんのことを知らなかったのです。プロデューサーがメンバーを提案してくださいました。うれしく思っているのは、性質、持っている知識、アプローチなど、すごく多様性のある人たちが集まっているところです。
稽古の時間は限られていますし期間も長くない。そのような環境の中、稽古の時間が大部分を占め、人間的に知り合う時間が少ないにも関わらず、それぞれどんな方たちなのかを知り合えています。演出家としては、メンバーが普段はどういう人なのかということを感じて、その特徴を生かすことが必要だと思います。緑さん(太田緑ロランス)がフランス語を話せるので、ダイレクトにコミュニケーションができ、グループにもダイレクトにアクセスできるので、すごくいいことだと思っています。
先ほどはヅメさんと麻由美さんの話をしましたけれども、多様性の一つの例として宝塚歌劇団出身の壮一帆さんが、いわゆる自然主義の映画的なストレートプレイに挑戦しているというのも非常に興味深いです。
今回のお芝居で面白いのは、一つの役を2人が演じたりする、ちょっとトリッキーな作りになっていることです。出演の方たちは、自分の出番がない日でも稽古にいらして、もう一人同じ役を分かち合う人を観察しているのが特徴です。
私は少人数で仕事をすることも多人数で仕事をすることもあって、どちらも好きです。でも私が外国で仕事をするのが初めてなので、そういう意味では少人数の作品が合っていると思います。
――先ほど壮さんが、宝塚とは違うストレートプレイに挑戦をしているところが興味深いとおっしゃいました。宝塚時代、壮さんは男役のトップスターでしたが、今回の役名は「女」。「女」を演じる壮さんの印象はいかがですか?
私は、自分に挑戦することがアーティストだと思うんです。今、外国へ来て仕事をしている私がまさにそういう立場ですね。フランスにいても、あえて違うジャンルに挑戦することが好きなんです。今まで28本の舞台を演出してきて今回が29本目になりますが、ミュージカルも手掛けるし、悲劇やコメディーも手掛けます。この仕事が済んで帰国したら、初めて監督した映画が公開されます。私自身もいろいろなことに挑戦している人間なんですよ。
一帆さんが宝塚での栄光がありながらも、そうした環境から出て慣れていないところで、あえてリスクのあるところで挑戦するのは素晴らしいことだと思います。今回「女」という役は複雑で、複数の普通の女が一つに溶け合ったような役なんです。宝塚時代とは違ったものに挑戦するというのは、偉大なアーティストの証拠だと思います。
――最後に作品の見どころをアピールしていただけますか?
まずは脚本の良さをぜひ発見してほしいです。私はこの脚本を初めて読んだ時ものすごく感動しましたが、他とは違う無類の感動がある脚本であるということです。ちなみに(原作の)フロリアン・ゼレールは、現代のフランス人の作家としては、世界で一番作品が上演されている劇作家なんです。
それからもちろん俳優さんたちを観に来ていただきたいですね。特に橋爪さんは素晴らしい才能で、ありとあらゆる演劇の大役を演じるに値する色彩の幅広さを持っている方だと思います。他にも素晴らしい方々が集まっているので、ぜひ観に来ていただきたいですね。
取材・文:秋乃 麻桔
撮影:尾中 力也
ラディスラス・ショラー氏 略歴
1975年生まれ。フランス・パリのエベルト劇場で演出したフロリアン・ゼレール作『父 Le Père』がモリエール賞3賞と2014年の年間最優秀演劇作品賞を受賞。2015年にはミュージカル『レジスト』の演出に挑戦し、大成功を収める。17年には『オリバー・ツイスト、ザ・ミュージカル』でモリエール賞の最優秀ミュージカル賞にノミネートされた。現在、最も才能ある演出家として尊敬を集める一人だ。
公演名:『Le Père 父』
作:フロリアン・ゼレール
翻訳:齋藤敦子
演出:ラディスラス・ショラー
出演:橋爪功 若村麻由美 壮一帆 太田緑ロランス 吉見一豊 今井朋彦
公演日程:2019年2月2日(土)~24日(日)
会場:
東京芸術劇場 シアターイースト
〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-8-1 (GoogleMap)
チケット料金:
一般 7,000円
65歳以上 6,000円
25歳以下 3,000円
高校生以下 1,000円
(全席指定・税込)
▶︎ 公式ウェブサイトはこちら
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